「世界の底辺で愛を叫んだけもの」
第5回目
相模大野幹夫(SAGAMIOHNO Mikio)
前略 八洲美樹乃様

酷暑の中、いかがお過ごしでしょうか?考えてみれば、こうして八洲さんと手紙のやりとりをするのは初めてかも知れません。

私は今年に入ってから、いわゆる「プレ系」のイベントに足を運ぶようになり、いままで以上に加速度的に「ダメさ加減」が増しているような気がするのですが、これも偏に、八洲さんがおっしゃっている
「ふれあい」が欲しくなったからのような気がするのです。

最近では、
「モーニング娘。」に代表される同時進行型プロジェクト。私も嫌いではありません。というよりもむしろ好きなんですが、それも度が過ぎると逆につまらなくなります。特に、専任のプロデューサーが作詞・作曲・編曲まで一人でやってしまう方式は、一見効率的なようで実は大いなるマンネリを生み出してしまい、最終的には「万人に受ける最大公約数的な楽曲」しか耳に届かなくなります。

「どんなに可愛くても、15歳以下でもやっぱり歌」を重視している私にとって、当初のアイドル然とした甘酸っぱい楽曲から、「売る」ためのバカ騒ぎに路線変更してしまった状況に興味を失ってしまって、なんの肩肘を張ることもなく
単純に楽しめそうな「プレ系」に救いを求めてしまったのです。

「プレ系」は楽しいです。そこそこ可愛い娘はいるし、歌っているのは昔慣れ親しんだ10年ほど前の
「古き良き時代」の歌ばかりです。メジャーからは考えられないほど間近で接することもでき、「ふれあいプレイ」なぞはもうやり放題です。

・・・でもやはり違うのです。なにかが。「歌を唱うこと」に対する意識の甘さもそうなのですが、やはり必要以上に接近戦の出来る空間が馴染めないのです。なぜなら、そこにはお互いに必要な「精神的な距離感」を置きづらくなってしまうからです。その
「近すぎる距離感」は、八洲さん言うところの「ムラ社会」を作り出し、悪循環を生み出しています・・・。

難しいです。「モーニング娘。」は、あまりにも大衆の支持を煽ってしまったがために、歌も存在も圧倒的な距離感が出来てしまってつまらなくなった。「プレ系」は、歌はいい(オリジナルではない・むしろ懐古的)が、最も大切な
「精神的な距離感」を持てなくなりそうな気配。

どちらもバランスが悪いのです。どちらも居心地が悪い。いっそのこと
「○○ちゃん、くぅ〜」だけで全てのことを済ますことができれば、どんなに楽なことでしょう(笑)。歌はもちろん大事、ルックスももちろん大事、それも15歳以下ならなお可。だけど、一番大事なのは「あらゆる距離感」ではないでしょうか?

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